15歳以上を対象とした内容となっております。

お子様はごめんなさい。

 

 

上海より愛をこめて

 

 ~SFⅤからⅢへ~

 

 

 

天女降臨

 

 

 

 

 リーフェンが無事に未来へ帰るのを見届けてから、わたしは日本へ旅立つことを決心していた。もちろん、リュウに会いに行くために。

 

 

 リュウが表の格闘技界に参入することになってから半年。瞬く間に水を得た魚のごとく、勝利を次々と手にしていった。

 

 

 裏の世界にはなかったルールというものが表の世界にはある。それが正々堂々とスポーツマンシップに則って両者の実力を発揮できるという点が、何よりの利点だったようだ。

 

 

 表の世界で市民権を得たリュウは、さすがに居所不明なんてことはなくなり、わたしもリュウと連絡を取り合うようになっていた。

 

 

 シャドルー壊滅作戦で神月かりんお嬢様に招集されて以来の日本。あのときは桜の美しい季節だった。任務とはいえ、春の日本を訪れることができたことをよろこんだものだった。

 

 

 あのときはまさか、再び日本に訪れることになるなんて夢にも思わなかった。今度は刑事としてではなく、愛する恋人に会いに行くことになるのだから。

 

 

「春麗の行きたいところへ行こうか」

 

 

 そうリュウは言ってくれたけれど、本当はリュウに会えるだけで十分だった。だからわたしはこう伝えた。

 

 

「あなたの思い出の地に連れてって」

 

 

 リュウのことをわたしはまだまだ知らない。リュウの思い出の地を訪れることで、もっとリュウを知ることができるような気がしていた。

 

 

 上海空港から約一時間半。実はわたしとリュウとの距離はそう遠くない。そう思えば国境なんてあってないようなもの。飛行機に乗り込んだわたしは、よろこびで満ちあふれていた。見るものすべてがわたしを祝福してくれているようだ。これから旅立つまでの時間さえ、愛おしかった。

 

 

 関西国際空港への到着時刻は九時半。混雑が予想される出口付近でリュウは待ってくれているはず。わたしは見つけやすいように、リュウに赤いハチマキをしてきてとお願いしていた。

 

 

 ICPO時代はまさかベガを倒してくれた人と運命の赤い糸で結ばれていたなんて思いもよらなかった。父さんはきっとリュウのことを認めてくれるわよね。だって、強いだけじゃない。あんなに謙虚で誠実な人は他にいない。わたしは世界一素晴らしい男性だと思っているのよ。父さんもきっと、そう思ってくれているわよね。

 

 

 空港に到着し、使い込んだスーツケースを引いて出口へと向かった。確かに混雑してはいたけれど、何か様子がおかしい。女性たちの黄色い声が耳に飛び込んできた。誰か有名人でも来ているのかしらと思いながらリュウの姿を探していた。

 

 

 見渡したところリュウの姿はない。ふと人だかりの中心を見ると、赤いハチマキの男がそこにいた。

 

 

 わたしはあっけにとられたのと同時に、今現在のリュウの置かれた立場を即座に理解した。リュウはもはや無名の一般人ではなくなっていたということを目の当たりにしたのだった。まさか人だかりの中へ割って入っていくこともできず、少し離れたところでほとぼりが冷めるのを待っていた。

 

 

 リュウはわたしの姿に気づいたらしく、人だかりの輪から抜け出してきた。そしてわたしの荷物を取り上げて、何事もなかったかのように空港を後にした。

 

 

「すまなかったな、久々の再会をよろこびたかったところなのに」

 

 

「わたしの方こそごめんなさい。赤いハチマキをしてきてって頼んだものだから。あなたが有名人になっちゃったことを知らなくて」

 

 

「あやまることはない。俺には職質を受ける方が性に合ってるってことが、よく分かっただろ?」

 

 

 リュウは振り返って笑顔を見せてくれた。わたしは胸がキュンとなった。いつだって飾らないリュウのことが心から大好きだと思った。

 

 

 駐車場まで来ると、リュウは自動車のトランクを開けて荷物を積み込んだ。わたしはリュウの思わぬ行動に、呆然と立ち尽くしていた。リュウはそんなわたしにお構いなく助手席のドアを開けた。

 

 

「さあどうぞ、お嬢さん」

 

 

 わたしはリュウを見つめると、リュウは笑顔でうなずいた。わたしは言われるままに助手席に乗り込んだ。

 

 

 運転席のドアが開くと、リュウが颯爽と乗り込んできた。

 

 

「もしかして、リュウが運転するの!?」

 

 

 リュウは笑みを見せてうなずいた。

 

 

「春麗を驚かせたくて黙っていたんだ」

 

 

その笑みはわたしの動揺しているさまを見てよろこんでいるかのようだった。

 

 

「じゃあ、このクルマはリュウのクルマなの?」

 

 

「ああ、以前試合で優勝した時に貰ったんだ。せっかくだから免許を取った。春麗とドライブしたくてな」

 

 

 白い道着に赤いハチマキ姿、それに寝袋ひとつしか所有していなかったリュウのあまりの変身ぶりに、思わずわたしは夢じゃないかと疑った。

 

 

「リュウ、わたし感激しちゃった。だってあなたとドライブできるなんて夢にも思わなかったから」

 

 

「俺はずっと夢見ていた。助手席第一号は、春麗だって決めていたからな」

 

 

 前を見ながらリュウはハンドルを回している。その横顔には格闘家としての精悍さと、休暇を楽しむ普通の男性としての朗らかさが同居していた。わたしはそんなリュウの横顔に見とれてしまっていた。

 

 

車窓からは抜けるような青空と海が見える。空港を結ぶ滑走路のようなまっすぐな道路を走っていると、リュウはわたしの右手を握ってきた。

 

 

「やっと夢がかなった。こうして春麗の手を握って運転したいとずっと思っていたんだ」

 

 

 そう言って、リュウはわたしの指を絡ませ合って握りなおした。

 

 

わたしは「あの」リュウが、まさかこんなシチュエーションを展開してくれるなんて信じられなかった。これはやっぱり夢に違いない。でもあまりにもリアルすぎて素敵すぎて、胸がいっぱいになって泣きそうになるのをこらえていた。

 

 

「春麗?」

 

 

 リュウは黙ったままのわたしの顔を覗き込んできた。

 

 

「うれしすぎて・・・」

 

 

 こらえていた涙があふれてしまっていた。

 

 

「泣くなよ、春麗」

 

 

 リュウはわたしの涙に困っているようだった。今までどんなに思いを寄せてもわたしのことなんか眼中になかったくせに。

 

 

「だって、リュウらしくないんだもの」

 

 

「まだまだこれからだぞ、春麗。俺は今まで何もしてあげられなかった分、おまえをもっともっとよろこばせたいんだ。これは俺のしたいことなんだからな」

 

 

 わたしはリュウの左手をわたしの両手でサンドイッチにした。

 

 

「ねえ、知らないでしょ? わたしはいつもガイルの助手席に座ってあなたを探していたのよ。ICPOとアメリカ空軍が共同で探しても、あなたをなかなか見つけられなかった。それが今、あなたのクルマの助手席に座って手を繋いでいるなんて、本当に信じられないわ」

 

 

「そうか、春麗はずっとガイルと一緒にいたんだな・・・」

 

 

「もしかして、やきもち妬いてる?」

 

 

「うん」

 

 

「だって、あなたが気づいてくれないんだもの。しょうがないでしょ?」

 

 

「確かにしょうがない。まったく、俺はどうしようもない奴だな」

 

 

 わたしたちは目を合わせて笑った。日本に降り立って30分も経たないうちにリュウはめくるめくサプライズをしてくれた。ほかの恋人たちはきっと当たり前のことかもしれないことが、わたしたちにとってはかけがえのない感動の連続だった。

 

 

「俺の思い出の場所って言っても、修行した場所しか思いつかないんだ。ほかに街へ出てもいいんだぞ?」

 

 

「ううん、あなたが修行した場所がいいの。リュウって大自然が似合う人だから」

 

 

「俺の修行の場に連れて行ってやるのはかまわないが、何せ、女人禁制の聖地だからなあ」

 

 

「そんなところがあったの? 日本にも?」

 

 

「ああ。吉野から熊野にわたる大峰奥駆道は、今も女人結界が張られていて、その先は男だけの修行の地になっている。俺はそこで必殺技を習得したんだ」

 

 

 見事にハンドルをさばきながら話す内容が、やっぱりリュウだと思った。だって、女人結界で修行したなんてことが似合う人はリュウくらいだから。わたしは思わず吹き出してしまった。

 

 

「あなたらしいお話ね。さっきまでリュウじゃないみたいだったのに」

 

 

「今の俺は女人禁制の山は鬼門だよ。よくあんなところで修行していたもんだ。春麗と会えなくなることの方が、修行のつらさよりもよっぽどつらいよ」

 

 

 自ら女人禁制の山にこもっていたリュウとは思えない言葉がおかしくて、ふたりして笑っていた。

 

 

「だから山じゃなく、海をドライブしよう。ここからだと紀伊半島がちょうどいい。海沿いには山も滝もある。熊野三山は世界遺産だし、俺の修行の場でもあったからな」

 

 

「楽しみだわ。あなたのルーツをふたりでたどる旅ができるなんて、わくわくするわ」

 

 

 車内で二人だけの空間を、リュウの愛車で過ごせるよろこびを味わいながら、抜けるような青空を仰いで感謝の思いを空に返していた。