女たちのゼネラルストーリー司令官物語

 

~夜明けの晩に~

 

 

 

 

イライザ夫人

 

 

 

 

 翌朝。階下へ降りるとケン一家が到着したところだった。

 

 

「ケン! 久しぶりね。イライザさんも。まあメル君! 随分大きくなったわね」

 

 

 ケンはいくつもの荷物を一度に置いて、ひと息ついた。いつもの笑顔には落ち着きが伴っていた。変わっていたところといえば、トレードマークの金髪をポニーテールにしていることくらいだった。

 

 

「やあ、春麗! 刑事も随分板についてきたな」

 

 

「ケン、それってほめ言葉じゃあないわよ?」

 

 

「春麗さんは一流の格闘家なんだから、そんな言い方しちゃダメよ」

 

 

 イライザさんがケンを諫めた。

 

 

「いいのよ、本当のことなんだもの。それより、せっかくの海外旅行なのに観光じゃないのが残念ね

 

 

「いいえ、桜の季節に日本に来られてよかったわ。それに、神月さんの庭園が観光地みたいで驚いているのよ」

 

 

 ケンと結婚した頃のイライザさんのウエーブのかかった金髪はロングヘアーからセミロングに、ハイヒールはローヒールに変わっていた。イライザさんはママになってもきれいだ。ただ美しいだけでなく、良き妻であり良き母であるさまがにじみ出ていた。ケンは、イライザさんのふんわりと包み込むようなやさしい雰囲気に惹かれたのだろうと思った。

 

 

「本当にそうね、日本の桜が満開の季節に来られてよかったわ」

 

 

 わたしもかりんさんに呼んでもらわなければ、日本に来ることはなかったと思った。それにしても、リュウはまだ来ないのかしら。一体どこで何をしているの? 世界の非常事態だというのに。

 

 

「神月のお嬢様が声をかけてくれた先が日本だとわかって、家族を連れてきたんだ。一度は日本の桜を見せてやりたいとずっと思っていたからな」

 

 

 今やマスターズ財団の社長を務めるケンは、きっと多忙で家族と海外旅行にいそしむ機会もなかったのに違いない。ケンは、超一流のファイターであっても、家族をもっとも大切にする男性なのだとあらためてわかった。

 

 

「メル、外に出よう。日本のお城を見せてやるぞ」

 

 

「うん!」

 

 

 メル君は目を輝かせてケンとともに庭園へと飛び出していった。彼らの後ろ姿が見えなくなると、イライザさんは椅子に腰かけた。ウェイターがコーヒーを運んできてくれた。

 

 

「わたしたちまでついていくことに、戸惑いはあったのよ。ケンの足手まといになるんじゃないかって。それに、皆さんのお荷物になると思ったから」

 

 

「お荷物だなんて。きっと、ケンは世界と家族の両方を守りたいと思ったんじゃないかしら。それに、ケンは家族がいるから強くなれるんだと思う」

 

 

 イライザさんの思いはよくわかる。けれど、家族を連れて戦いの世界に戻ってくることは、独り身のファイターにはできない挑戦だと思った。それはケンの覚悟だったにちがいない。結婚して父親になったケンは、どんどん先に進んで大きくなっていく。わたしとリュウを置いて……。

 

 

「春麗さんがそう言ってくれたら、少し気が軽くなったわ」

 

 

安堵した表情でイライザさんは言った。

 

 

「それはそうと……リュウさんはここには来ないそうね」

 

 

 イライザさんは遠慮がちに言った。

 

 

「そうなの?」

 

 

「ケンがそう言っていたわ。リュウさんは先にやらなくちゃいけないことがあるんですって。だから俺がリュウの分も活躍してやるんだって、意気込んでいたわ」

 

 

 リュウは来ない……。

 

 

 やっと会えるという期待が、音を立てて崩れていくような気がした。ローズさんの占いによれば、わたしは日本の地で「彼」と出会えることになっていたから余計にショックだった。

 

 

「ねえ、春麗さん。きっとリュウさんは最高の自分になれるまで、あなたに会わないと決めているのかもしれないわよ?」

 

 

「えっ!?」

 

 

 イライザさんの口から思わぬ言葉が飛び出したことにびっくりした。もしかして、イライザさんはわたしの思いに気づいていたの?

 

 

「あなたが一流の格闘家だからこそ、リュウさんは格闘家としても男性としても、まずは納得のいく自分にならなきゃいけないって思っているんじゃないかしら。女はそんなことよりも、そばにいてほしいのにね」

 

 

「イライザさん……」

 

 

 わたしとリュウの曖昧ではっきりしない間柄をイライザさんはよくわかっていた。さっきまで、ショックのどん底だったわたしは、イライザさんの言葉に光を見出した気がした。

 

 

もしも、もしも本当にリュウがそう思ってくれていたなら、せめて一言くらい何か言ってくれてもいいのに。あんまり待たされるようじゃ、わたしだって他に……。ううん、それはないわ。

 

 

「でもわたし、春麗さんは本当に強い女性だと思うの。世界のために、正義のために戦えるなんて、わたしにはできないもの」

 

 

「ううん、そうじゃないのよ。わたしだってあなたと同じ女よ。好きで戦いの世界に入ったわけじゃなくて、家族のために戦ってきただけ。父がベガにさらわれなかったら、きっとここにいなかったわ」

 

 

 本当はわたしもイライザさんのように、普通の女として愛する人と結婚して子どもを産んで、平凡でも家族と幸せに暮らしたい。世界のためじゃなく、家族のために尽くしたい。今はそのことを優先できないだけなの。

 

 

「きっと、リュウさんは一回り大きくなってあなたの前に現れてくれるはずよ。それにこの作戦に必ず駆けつけてくれるに違いないわ。だって、春麗さんがいるんですもの。大切な女性がシャドルー基地に向かうというのに、リュウさんが来ないはずないわ」

 

 

「イライザさん……」

 

 

 不思議とイライザさんの言うことに救われている自分がいた。なぜかイライザさんが言うと、希望が湧いてきた。

 

 

ケンがイライザさんを選んだ理由が今ならよくわかる。美人なだけじゃなくて、人を安心させてくれる温かい雰囲気がイライザさんの本質なんだとわかった。財閥の社長の妻であり格闘家の妻であることは、懐の深い女性でなければつとまらない。そのうえ子育てもしているのだからなおのこと。ケンはイライザさんの深い愛で強くなったんだとあらためてわかった。

 

 

「ありがとうイライザさん。あなたにはかなわないわ。今のわたしじゃ、まだまだだわ」

 

 

 ねえ、リュウ。わたしたち、このまま置いてけぼりにされてしまってもいいの? それとも、わたしのことなんて心の片隅にも置いてくれていないの? わたしだって、いつかはあなたと決着をつけなきゃって思っているのよ。だから、早く来て……!