前編から

 

 春麗の女子会

 

 

SFⅣムービーエンディングからSFⅤゼネラルストーリーへ~

 

 

後編

 

 

  

 

「久しぶりなんだもの、あなたも一杯どう?」

 

 

 わたしは外出先ではアルコールを飲まないことにしている。道中でいつ誰と戦うことになるかわからないから。けれど今日は飲みたいと思った。アリスが提示してくれた新たな情報は五里霧中にいたわたしを導いてくれたから。

 

 

「そうね、久々の女子会。楽しまなきゃね」

 

 

 わたしたちはあらためて乾杯した。

 

 

「ねえ、春麗。ベガやセスが欲しがるほど魅力あるリュウってどんな人なの?」

 

 

 アリスは身を乗り出してわたしの目を見て微笑んだ。わたしはいよいよ「女子会」に切り替わったのを感じていた。

 

 

「どんな人って言われても・・・。日本人の武道家らしく、謙虚で礼儀正しくて・・・彼ほど誠実な格闘家に会ったことはないわ」

 

 

「信頼できる人なのね?」

 

 

「ええ」

 

 

アリスは頬杖をついてさらに身を乗り出してきた。

 

 

「あなた、好きなのね? 彼のこと」

 

 

「まさか!」

 

 

 一気に頬が紅潮したのは、ワインだけのせいだけじゃない。でも、本当にリュウのことをどう思っているのかを聞かれても、答えられない。だって寡黙なリュウと話したことなんて数えるほど。それも刑事か格闘家としての立場で。とはいえ、こんなにリュウのことで頭がいっぱいになっているというのに、実際はリュウとのことを何も知らないという現実。でも、アリスに指摘されてみて、本当はリュウのことを好きなのかもしれないと認めざるを得なかった。だって、とっさにとぼけた自分がわざとらしすぎたから。

 

 

「彼、実力があるのに公式戦で名を馳せているわけでもない。それどころか家も職も持たない無名の放浪格闘家なんでしょう? それなのにベガやセスに狙われているってことは正真正銘の『本物』なのね。それでいて信頼できる人なら、最高の男性じゃない? そうでしょ、春麗」

 

 

 確かにアリスの言う通りよ。でも、素のままの彼とどうやって関わっていくというの? わたしはこういうとき、たちまち消極的になってしまう。

 

 

「そうかもしれないけれど・・・好きになっても仕方ない人だわ」

 

 

「あなたって、普段は男性より強いのに、こういうことになるとすっかりしおらしくなっちゃうんだから」

 

 

 アリスはため息交じりに苦笑した。

 

 

「だって・・・。彼は格闘ひとすじのさすらい人よ。一緒にデートしたり将来のことを語り合ったりなんてことを望める人じゃないんだもの」

 

 

「じゃあ、あきらめなさい。もっと現実的な人を見つけてあなたもちゃんと幸せにならなきゃダメよ」

 

 

「そうね・・・」

 

 

 アリスが本当にわたしのことを気にかけてくれているのはよくわかってる。わたしも刑事生活6年目。うっかりすると女としてもっとも華やかな時期をベガのために費やしてしまいかねない。このことは心の片隅にずっと置きっぱなしになっていた。

 

 

「あなたのことを想ってくれる男性は他にもいるじゃない。たとえば、ジェリーとか・・・」

 

 

 ジェリーはわたしの先輩にあたる台湾人。何かとわたしをフォローしてくれる頼りがいのある男性だ。ユーモアもあって周りの人たちからも好かれている。そんなジェリーからときどき食事に誘われることがある。彼のわたしを見る目はとてもやさしくて、特別な思いを向けてくれていることにわたしも気づいていた。

 

 

「ジェリーがね、わたしに聞いてきたのよ。『春麗は好きな人がいるのか?』って。『春麗は僕じゃだめなのかな、やっぱり彼女よりも強い男にならなきゃ相手にもしてくれないんだろうか』って言っていたわよ」

 

 

「そうなの!?」

 

 

「ええ。ジェリーは人望もあるしハンサムだし、あなたにはかなわないけれど格闘術の腕前も十分あるわ。彼を断る理由なんて見つからないと思うわよ?」

 

 

アリスの言いたいことはわかる。望みのない相手にいつまでもこだわっているなんて馬鹿げている。それよりもわたしをちゃんと見てくれる人と結婚して、ベガと関わりのない暮らしをしている方が幸せになれるはずなのに、どうしてもゆずれない自分がいる。そんな頑なな自分にときどき苦しくなることだってある。そんなとき、赤いハチマキの男の気持ちが、ほんの少しだけわかるような気がするのだった。わたしは素直に聞いてみたいと思った。

 

 

「ねえ、アリス。ひと目合ったときに、どうしようもないくらいの衝撃が胸に響いた感覚ってどう思う?」

 

 

 アリスはわたしの目を見た。

 

 

「理屈とか条件とかじゃなくて、魂が響いたっていう感覚は、どう解釈すればいいのかしら。そんな感覚は無視してしまえばいいの? あなたならどうする?」

 

 

「春麗・・・彼に運命を感じてしまっていたのね?」

 

 

 アリスは大きく目を見開いてからやさしく語りかけるように言った。そんなアリスに、本心を打ち明けたいと思った。

 

 

「どうしようもないことだってわかってる。あなたの言う通り、ジェリーのような現実的な人を選んだ方がいいのかもしれない。でもね、リュウと出会って確信したの。この人なら世界を救えるんじゃないかって。彼が殺意の波動をプラスに転じることができればベガから平和を取り戻せるかもしれないって。それは彼がベガに関わっているからなのか、好きっていう感情なのかよくわからないの」

 

 

「それは好きという感情を超えているのよ」

 

 

 アリスは間髪を入れずに言った。

 

 

「あなたの心はさすらい人の彼で埋め尽くされている。ジェリーの入る隙もないくらいに」

 

 

わたしはアリスの言葉に息が止まりそうになった。

 

 

「あなたは何としてでもベガから彼を守りたいと思ってる。それに彼が殺意の波動から目覚めるためならば、どんなことでもしてあげたいと思っているわ。自由奔放の彼に何一つ求めてなんかいない。あなたは彼に恋しているんじゃなくて、すでに愛してしまっているのよ」

 

 

 わたしは返す言葉が出なかった。むしろアリスの言葉によって、自分の本心に目が覚めたのだった。

 

 

「彼もあなたと同じように、あなたから衝撃を受けたとしたら? 運命の出会いって本当にあるのよ。わたしがそうだった。あのとき感じた衝撃は、確かに理屈も条件もすっとんでいて、この人だ!っていう直観みたいなものしか感じなかったわ」

 

 

「そうだったの!?」

 

 

 アリスは深くうなずいた。アリスは去年結婚したばかり。相手はごく普通のサラリーマン。『お互い職種が違うからうまくやっていけるのよ』って言っていたことを思い出した。

 

 

「アリスから直観って言葉を聞くなんて意外だわ」

 

 

 理系女子らしからぬ答えに思わず言葉について出てしまった。アリスは笑った。

 

 

「運命の出会いっていうのは、血が引き合う現象だと思うの」

 

 

「血?」

 

 

「ええ。人間には磁場があってお互いの血液の中の鉄が磁石のように引き合うのよ。プラスとマイナスが引き合う。これが磁性。それは誰にでも引き合うものじゃなくて血の中にある何かが関与している。ほら、東洋ではこういうことを確か・・・」

 

 

「運命の赤い糸」

 

 

「そう、それよ。その正体は糸をつむぎ合う二重らせん。つまり遺伝子の意図。要するに、結ばれるべき男女は人間の思考を超えた領域で血と遺伝子によって引き合わされているんだわ」

 

 

 ロマンチックでなおかつ論理的なアリスの考察に、わたしは少なからず感動していた。だったらわたしはリュウの遺伝子にひかれたのだろうか。それならばリュウだってわたしに何かを感じてくれてもいいはず。

 

 

「でも、リュウはわたしのことなんて眼中にないわ。少なくとも中国拳法使いの女刑事としか思ってないはずよ」

 

 

「それが彼の盲点ね。格闘に没頭するあまり、事の本質を見失っているから殺意の波動から抜け出せないのよ」

 

 

「アリスって、どうしてそんなにリュウのことがわかるの?」

 

 

「こういうことは、当事者よりも観察者の方がよくわかるものなのよ。彼は今、自分しか見えなくて苦しんでいるのよ」

 

 

「そんな彼をどうしたら助けてあげられるのかしら・・・」

 

 

 わたしはリュウのためならどんなことでもしてあげたい思いに駆られていた。アリスが言っていたように・・・。

 

 

「彼自身であなたが運命の女性だと気づかなきゃ殺意の波動から抜け出せないわ。だからあなたはもっと積極的に自分をアピールすることよ。『わたしはここよ!』ってね」

 

 

 アリスはうれしそうに身を乗り出してわたしの肩を揺さぶった。

 

 

「彼に対してはとにかく女子力を発揮することよ。彼、きっと変わるわよ。愛に目覚めたら」

 

 

「愛、かぁ・・・」

 

 

 わたしは上方に視線を向けながら吐息とともにつぶやいた。

 

 

『愛は何よりも強い』というけれど、確かに今のリュウにいちばん必要なのは愛かもしれない。だって、リュウが探し求めてきた「答え」が愛ならば、それが「真の強さ」なのかもしれないから。わたしは一縷の望みをつかんだような気持ちになった。

 

 

そしてあの格闘一辺倒のリュウが愛に目覚めたらいったいどう変わるのだろうとイメージしてみた。もしかしたら、愛の力で殺意の波動を正のエネルギーに反転させられるかもしれない。それがどんなものなのか想像もつかないけれど。

 

 

それよりも想像してしまうことがある。もしも、もしもリュウが『春麗』ってわたしの名前を呼んで微笑んでくれたなら? 彼と肩を寄せ合って見つめ合えたなら? 手を繋いでぬくもりを分かち合えたなら? それだけできゅん!と胸が締め付けられた。そんなささやかな想像でさえ、わたしの心は幸せな思いに満たされる。それはやっぱりリュウが「運命の赤い糸」で結ばれているからなの? わたしは熱く火照った頬に両手を当てた。

 

 

「うふふ。彼のおかげであなたはとってもきれいになるわよ、春麗。女は恋愛で身も心も磨かれて美しくなるんだから。今度は彼の方があなたにぞっこんに惚れこんじゃうかもよ?」

 

 

「アリスったら、からかわないでよ」

 

 

 なんてにやけた表情で言いつつも、心はときめき弾んでいた。今日のワインはとびきりおいしくて、つい飲みすぎてしまいそうだ。

 

 

 そうよ、彼を夢中にさせるくらい女を磨いていればいいんだわ。そのためにはリュウの相手になれるくらいに強くなっておかなきゃ。わたしはやめていた毎朝の稽古を再開することを決心したのだった。

 

 

「いい報告を待っているわ。あなたたちの仲の進捗状況をね」

 

 

 アリスは振り向きざまに手を振った。その後ろ姿が小さくなるまでわたしはそこにたたずんでいた。

 

 

「あなたたち、か・・・」

 

 

別れ際に言ったアリスの言葉に、すてきな未来に夢を膨らませている自分がいた。わたしがリュウの力になれればきっと、リュウは殺意の波動から抜け出せる。そのとき彼はわたしを見ているはずよ。リュウとふたりで力を合わせたならベガを倒せるとさえ思った。だからお願い。ベガに捕まらないでいて。わたしがベガよりも先にあなたを捕まえるんだから。