春麗の女子会

 

 

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前編

 

 

  

 

 ふーっ、とパソコンの手を止めて息をつく。

 

 

窓の外に目をやればすでに夜。今日も残業・・・とはいっても、これは私的な作業。わたしには誰に何と言われようともやり遂げなければならないことがある。それは闇の支配者・シャドルーの総帥ベガを捕まえること。

 

 

 S.I.N.についての捜査は不可解にも上層部の通達により打ち切られ、闇はわずかに浮かび上がったものの、再び深い闇の中へと葬り去られてしまった。S.I.N.が壊滅したはずのシャドルーの関連軍事企業であることをつかんだ以上、上の言われるままに捜査を打ち切れるはずもなく、わたしは極秘調査を続けていたのだった。

 

 

 パソコンの画面には、赤いハチマキ姿の男の画像が静止したまま映し出されている。

 

 

さすらいの日本人格闘家・リュウ。表の世界では格闘家としての実績はまったくなく、出自も個人情報もつかめない人物だというのに、ベガからもセスからも狙われている。

 

 

闇の支配者が欲しているのは、リュウに内在する類まれな潜在能力。その能力は負の作用を引き起こせばすさまじい破壊のエネルギーを生み出す。リュウやケンはこの負の作用を「殺意の波動」と言っていた。

 

 

殺意の波動は、リュウに内在する何かがネガティブな波動と共振してしまうと肉体のホメオスタシスのリミッターが解除され、凄まじい破壊力と戦闘能力を発揮するようだ。強さを求める格闘家なら誰しもその能力を駆使すれば最強になれると思うところを、彼は殺意の波動に呑まれまいと抵抗している。

 

 

殺意の波動による超人的な破壊能力をベガもセスも狙っているのはまちがいない。ケンの話によれば、彼らの流派の源流は暗殺拳なのだそうだ。わたしはICPOの情報網を頼りに、日本の暗部を調べに調べた。わかったことは、日本は古来より権力者の意のままに動く暗殺集団がいたということ。その実態は日本のスパイであり、忍者はその代表格だった。

 

 

彼らは世の中をごく普通に生きていたとしても行政上存在しないことになっている。リュウとケンの流派の始祖である轟鉄という人物について調査した結果、やはり「存在しない人物」だった。

 

 

彼は生涯独身だったため、子孫がいない。彼らの流儀は孤児を引き取って育て、その技を後世に残すというものだったらしい。戦後法整備が整えられたことにより、表向きには住民票の作成が義務付けられたが、リュウとケンの師匠にあたる剛拳もまた出自が不明だった。彼もまた、轟鉄師匠の生きた道と同様に独身を貫いていた。

 

 

リュウは物心つく頃から轟鉄一門に育てられたのだという。彼は幸か不幸か必然的に格闘術を叩きこまれる人生を歩まざるを得ない宿命だった。

 

 

唯一の救いは、剛拳師匠が「暗殺拳は修羅の道でしかなく人道に背く行為に過ぎない」と考えたことだった。弟子に表の世界で生きる道を与え、暗殺拳を洗練した技をあみ出し、弟子にその技を伝授したのだそうだ。それが昇龍拳であり波動拳だった。

 

 

 わたしはシャドルーを追っていくうちにリュウの存在が明るみになり、このようにして調査を重ね、組織としてリュウを追いかけるようになっていった。

 

 

さすらいの格闘家の異名を持つ彼を追跡することはICPOもアメリカ空軍さえも困難だった。シャドルーもS.I.N.もリュウを捕まえるためにあらゆる策をとっていたようだ。網の目のような監視社会の目からすり抜けてさすらうリュウは天性の放浪者だといえるかもしれない。そんなリュウを追いかけているうちに、謎めいた彼に対していつしか個人的な関心が向くようになっていった。

 

 

リュウには家族がいない。帰る家も、安らぎを与えてくれる恋人もいない。リュウという人物を追いかけていくうちに思い浮かぶようになったのは「天涯孤独」という言葉。そんな彼に心惹かれていったのは、わたしもまた家族を失い天涯孤独の身だったからなのかもしれない。

 

 

いいえ、わたしには温かい家族がいた。美しかった母の面影は鏡に映るわたしに残され、優しくて強くて包容力ある父の愛に包まれてわたしは育てられた。

 

 

何よりも中国で指折りの中国拳法の達人だった父から教わったのは、人を生かすための真善美。同じ格闘家として育てられたとしても、わたしとリュウとは一線を画す何かがある。わたしにとって拳法は父との楽しかった思い出であり喜びでもあったけれど、リュウにとっての格闘術はどんな思いがあるのだろう。

 

 

両親の愛を知らず、厳しい師弟関係の中にいて求められてきたのは「強さと力」。

 

 

母を知らず独身主義を貫いた轟鉄一門は、やさしさや安らぎ、温かさや弱さといった女性的な性質を育くむことなく、むしろそれらの性質は暗殺拳を極めるためには邪魔でさえあり、排除すべき性質と考えていたのかもしれない。なぜならば暗殺拳は非情に徹しなければ為しえないのだから。

 

 

リュウが苦しみぬいて求め続けてきた「強さと力」の結果が「殺意の波動」だったのなら、これまで得た「強さと力」を否定することになってしまうかもしれない。だからこそ彼は「真の強さ」とは何かを追求し、「殺意の波動」を克服するために拳で確かめようともがいてきたのだろう。

 

 

静止画面の中のリュウは、格闘の一場面を切り取ったまま動かない。逆光に映し出されたその姿は、太陽を背にして闇を抱いているかのようだ。わたしは、じっと画面に映るリュウの目を見つめていた。精悍な眼差しに宿る澄んだ瞳の奥からは殺意の波動に抗う良心が感じられた。

 

 

リュウに内在する殺意の波動は、彼の魂の奥底で何かに抵抗しているために起きる現象なのではないかと思った。曇りなき魂だからこそ、殺意の波動を受け容れられないのではないかと。なぜならば、リュウとはじめて目が合ったあのときに感じた衝撃がわたしを貫いたから。その感覚を今もはっきりと感じることができる。

 

 

リュウに内在する類まれなる潜在能力。殺意の波動は負の作用によるものだとすれば、正の作用を起こせばどんな波動を発することができるのだろう。ふとそんなことを思いついてしまった。それ以来、パソコンの画面の中にいるリュウをこうして見つめては、わたしはリュウに正の作用に転じさせられるきっかけが何なのかを思いめぐらせることになるのだった。

 

 

「春麗、おつかれさま」

 

 

 ふいに声をかけられて、思わずパソコンを閉じた。

 

 

「また、彼のことでため息ついていたわね」

 

 

 アリスがにやついた笑顔でコーヒーカップを差し出した。ありがとうと言って受け取った。

 

 

金髪碧眼の美女アリスはICPOの化学部門に所属する薬学においてのエキスパートだ。聡明な彼女は麻薬捜査官の現場組にとってはなくてはならない頼もしい存在だ。わたしが上海警察からICPOに出向してきた頃からアリスとは何かと気が合い、公私ともに親しくしている。3歳年上の彼女は信頼できる理系女子なのだ。いつもは長い金髪を一つにひっつめているけれど、仕事を終えると髪を下ろして別人のように変身するのだった。

 

 

「アリス。そうじゃないのよ、彼はあまりにも謎が多くて捜査は一筋縄にはいかないのよ。それでため息ついていただけよ」

 

 

 なぜか焦りと弁解じみた答えをしてしまった自分に赤面してしまっていた。

 

 

「うふふ。ねえ春麗、ごはん食べに行かない? 久しぶりの女子会。S.I.N.についての報告もあるの。一筋縄にはいかない彼についてもね」

 

 

 アリスはにっこり笑みを浮かばせながら肩をすくめた。わたしは苦笑しつつも、パソコンをシャットダウンしてジャケットを羽織った。

 

 

「聞きたいわ。ちょうどおなかが空いたところだし、女子会しに行きましょう」

 

 

 行きつけの店は多国籍料理の創作レストラン。ここに来れば、人種が違う者同士でも嗜好に応じて食事ができる。アリスはポテトにビーフが食べたいだろうし、わたしは麺類やお米が食べたい。それぞれ注文を済ませた。

 

 

S.I.N.が研究していた細胞爆発について調べていくうちに、あなたのターゲットにヒットしちゃったのよ」

 

 

「わたしのターゲット?」

 

 

「パソコンの中の彼よ」

 

 

「リュウのこと!?」 

 

 

「そうよ」

 

 

 アリスはそう言ってわたしを見てうなずいた。

 

 

「セスは最先端のバイオテクノロジーによる超人を生み出そうとしているのよ。そのためにはプロトタイプが必要。奴らは有名格闘家を狙って細胞を採取していたけれど、それはまだ実験の段階。セスの本当の狙いは・・・」

 

 

「リュウなのね」

 

 

「そのとおり。おそらく殺意の波動をデフォルトとした超人を量産化しようとしているのかも」

 

 

「そうね、その考えならいちばんしっくりくるわ」

 

 

「そしてベガはセスと違って、リュウの肉体そのものを乗っ取ろうとしているの。いわゆるウォークインというものよ」

 

 

 わたしはうなずいた。アリスは続けた。

 

 

「ベガはサイキックの超人。どんな超能力者も肉体の老化と死は免れない。支配者がオカルトに傾倒するのは若い肉体を得て永遠に生きようとするためよ。それで永遠に支配しようとしているのよ、この世界を」

 

 

「それだけは絶対にさせないわ!!」

 

 

 わたしはベガにこの世界を支配させないという思い以上に、リュウの肉体を奪わせないという強い決意を言葉にしていた。だって、リュウの姿で中身がベガだなんて絶対に、絶対にさせるわけにはいかない。わたしは両こぶしを強く握りしめていた。

 

 

「そこでひとつ疑問があるの。同門のケンはなぜ殺意の波動を発振しないのかということ。このふたりは暗殺拳をルーツにする格闘家。同じ日本人で扱う技も同じなのになぜリュウだけが殺意の波動を発振するのか。そこを突き詰めてみたの」

 

 

 アリスはタブレットを取り出して画面にタップした。

 

 

「これを見て」

 

 

 画面には「生命誌ジャーナル」と銘打った記事が写しだされていた。

 

 

「リュウとケンは同じ日本人でもルーツが違うのかもしれないと思って調べてみたのよ。日本人はモンゴロイドよ。そのモンゴロイドの中でもリュウは最も古くて特殊な種族なのかもしれないということがわかったの」

 

 

 わたしはアリスの見せてくれた情報について目を皿のようにして読んでいた。

 

 

「縄文人・・・?」

 

 

「ええ。リュウの暗殺拳のルーツよりも、リュウというパーソナリティを日本人のルーツから探る必要があるとわかったの。調べてみるとケンのルーツとは微妙に違っていたわ。ケンはモンゴロイドでもコーカソイドのクオーターよ」

 

 

 アリスはそう言って、再びタブレットから情報を見せてくれた。アメリカのモーニングニュースという記事だった。その表題を見て目を疑った。

 

 

日本人は古代火星人の直接の子孫なのか?』

 

 

 わたしはまさかと思った。だって、アリスがオカルトを持ち出すなんて思いもよらなかったから。とはいっても、この記事は科学的に考察した結果として書かれているようだった。その内容は、DNAの解析の結果「オリジナル縄文人のDNAはアジアのどこにも見つからないもので、まったく新しい場所から発生している可能性がある」というものだった。わたしは記事の内容を理解しようと反復して文章に目を通していた。アリスはそんなわたしを横目に話を続けた。

 

 

「どうやらリュウの遺伝子に答えが隠されているようね。彼は縄文の遺伝子を色濃く受け継いでいるの。ケンにも縄文の遺伝子はあるけれど比率が違うの」

 

 

 ベガもセスも、リュウの遺伝子を狙っていると考えれば納得がいく。支配者はもはや生命を蹂躙するのみならず、生命そのものを操作しようとしている。それもこの地球上で発生が謎とされている特殊な遺伝子を狙っている。これ以上生命の尊厳を踏みにじらせるわけにはいかない。わたしはリュウに担わされた希少な遺伝子を闇から守らなければならない使命感に駆られていた。わたしはアリスのタブレットに映し出された文字列を目で追いながら、やはりリュウはこの世界を闇から光へとひっくり返せるかもしれない最重要人物だと確信したのだった。

 

 

「データは他にもあるわ。あなたのパソコンに送っておいたから後でじっくり読むといいわ」

 

 

 そう言ってアリスはわたしのグラスにワインを注いだ。