15歳以上を対象とした内容となっております。

お子様はごめんなさい。

 

答えは「己の拳」にあり

 

 

SFⅤエンディングより~

 

 

 

 

 

リュウとガイル、そしてハッカーの少女を抱いた春麗の帰還をもって、シャドルー壊滅作戦に成功したことを知ったファイター達は、三人を囲んで健闘をたたえていた。

 

 

「私どもの勝利、と申し上げてもよろしいのね?」

 

 

 神月かりんは腰に手を当てたままリュウ達の前に歩み寄った。

 

 

「ああ! ベガを倒したのはこのリュウだぜ。大した野郎だ」

 

 

 ガイルがリュウの肩に手をかけた。

 

 

「皮肉だな。ベガが欲していた肉体の持ち主に、ベガ自身が滅ぼされたわけだ」

 

 

 ガイルが言うとかりんがリュウに向けて言葉を放った。

 

 

「さすがですわ。戦争を起こさずともあなたの拳の力でベガを倒したのですから。あなたは世界を闇から守ったのですわ」

 

 

世界中から集結したファイターたちは、シャドルー壊滅作戦の大仕事を完遂させたリュウを口々に称えていた。一方、勇者であるはずのリュウは、確かな感覚を忘れぬよう、拳を握りしめ納得した面持ちでたたずんでいた。

 

 

「殺意の波動に呑まれなかった、ということだな。やったな、リュウ!」

 

 

ケンは親友の肩に手をかけた。

 

 

「今度、おまえの『答え』とやらを確かめに行くぜ! 待ってろよ」

 

 

リュウは静かにうなずいた。

 

 

仕事を終えたファイター達は、喜び勇んでもといた場所へと散っていった。彼らにとって世界を再構築することに興味はない。ここから先は、神月家の役割というわけなのだ。

 

 

「この子を保護してあげて。ベガに捕らわれてひどく憔悴しているの。十分な心のケアが必要よ」

 

 

 春麗は少女の両肩に手を添えて、かりんに言った。

 

 

「承知しましたわ。我々が手厚く保護します」

 

 

「心配しないで。おなかいっぱいごちそうしてもらいなさい」

 

 

 不安げな少女に春麗はにっこりほほえんだ。少女は小さくうなずいた。

 

 

「このお姉さんもとっても強いから安心して。また会いに行くわ。必ず」

 

 

 春麗が少女に声をかけている間、かりんは携帯でハイヤーを調達していた。すぐさまハイヤーが到着すると、かりんの側近が少女を後部座席に乗せた。

 

 

「あなたには借りができましたわ。何か有事の際にはわたくしにご連絡を」

 

 

 かりんがハイヤーの窓からリュウに声をかけた後、ハイヤーは走り出し、静けさだけが残された。

 

 

 そこにたたずんでいたのはリュウと春麗だけだった。彼らもほかのファイターと同じく、それぞれの場所へと帰るのみとなった。リュウは歩み出そうとした。

 

 

「あなたがわたしに放ったあの波動拳……もしかして、ベガに放った波動拳と同じだったの?」

 

 

 春麗の言葉に、リュウは立ち止まった。

 

 

「そうだ。でもどうしてあのとき波動拳を君に向けて放ったのかわからない。ただ無我夢中だった」

 

 

「不思議だったの。あなたの波動拳に包まれている間、とても安らかで静かで、ずっと包まれていたいって思ったの」

 

 

 春麗の言葉を背中に受けたまま、リュウはしばらく無言のまま虚空を見上げていた。

 

 

「……自分でも不思議だった。あのとき俺は、波動拳は戦いのためじゃなく、誰かを守るための技だったとわかったんだ」

 

 

「もしかして、それがあなたの『答え』なの?」

 

 

 リュウは振り返って春麗を見た。春麗の白いリボンが風に揺られている。リュウは自分の手のひらを見つめた。

 

 

「答え……か」

 

 

「あのときのあなたの波動は、『愛』そのものだった」

 

 

「愛?」

 

 

 リュウは再び春麗を見た。

 

 

「そう。あのときわたしを包んでくれたのは『愛』としか表現できないものだった。光だけでもない、もっと深い、魂がふるえるような清らかで温かい空間だった」

 

 

「……愛、か。自分でもよく分からない」

 

 

「あなたは愛でベガに勝ったのよ。今まで誰もできなかったことを、あなたはやってのけたのよ」

 

 

「……」

 

 

「もう一度、確かめてみない? 愛を」

 

 

「……」

 

 

「わたしはもう一度あなたの愛に包まれてみたい。あなたさえ良ければ」

 

 

「春麗……」

 

 

 二人は歩み寄り、互いの瞳の奥を見つめ合った。言葉に出さずとも相手の気持ちがわかった。先ほどまで修羅場をくぐり抜けてきた緊張が解けたせいだろうか、心は素直になっていた。いつのまにかふたりの唇は重ね合っていた。

 

 

 それぞれ積年の人生の難題をクリアーした今、感情を遮るものは何もない。互いに抱きしめ合い、息づかいを感じ、胸の鼓動を確かめ合ってみて、これまで自分の感情を抑えてきた不自然さを、痛いほど思い知ったのだった。

 

 

 二人は酷使した肉体を休めることに同意し、宿を共にした。

 

 

目には見えず、耳に聞こえず、手で触れることもできない「愛」を、目に見えて耳に聞こえ、触れることのできる肉体次元で確かめ合う――それが二人の出会いから時空間を経た今、必然の結果として顕現化したのだった――。

 

 

 

二人は全身全霊で愛を確かめ合った後、弛緩した体を寄せ合ってまどろんでいた。

 

 

「俺、何年も死ぬほど修行を続けてきたのに悟れなかった理由が、やっと分かった」

 

 

 リュウは肩先で春麗を抱いたまま言った。自分の声が、春麗に響いていることを感じながら。

 

 

「修行は自分を救おうとしているだけの自己満足に過ぎなかったんだと……」

 

 

「……」

 

 

 春麗はリュウの鍛え上げられた上腕と分厚い胸筋に抱かれながら静かに聞いていた。リュウの筋肉は驚くほど柔軟性と弾力性があることを、このように抱きしめられてみて初めて分かった。リュウがベガに肉体を狙われていた理由は、強靱な肉体レベルの素質と、揺るぎない高みへと昇ろうとする強い意志の力を欲していたからだろう。

 

 

「自分を救うための技じゃだめだったんだ。誰かを守るためでなければ、この拳は何の役にも立たないんだ」

 

 

 リュウは右の拳を自分の眼前に掲げた。春麗はその拳に左手でそっと包み込み、やわらかな胸に押し当てた。

 

 

「わたしも……誰かに守ってもらうなんてこと、ずっと忘れていたわ。ずっとひとりで戦ってきたから」

 

 

 ファイターとしては華奢な春麗の手を、リュウはしっかりと握りしめた。

 

 

「よくこの拳で戦ってきたものだな。たったひとりで……」

 

 

「父が行方不明になったときに、戦うことを決めたの。……でももう、終わったのよ。あなたが終わらせてくれた」

 

 

 春麗は上体を起こして胸元をシーツで覆うと、リュウに背を向けた。リュウもまた、上体を起こして春麗の後ろ姿を見た。きめ細かな白い背中が女性らしい曲線を描いている。まるで格闘家らしからぬその後ろ姿から、春麗の戦い以外の人生を想起させられてはみるが、父親の仇討ちに人生を懸けてきた女の孤独さを読み取るには十分だった。

 

 

「わたしはあなたとベガとの勝負を見ていてわかったの。憎しみでベガを倒そうとしてもだめだったんだって。……悔しいけれど、わたしじゃベガを倒せなかったとわかったの」

 

 

春麗は振り返って、リュウの目を見た。

 

 

「憎しみだけでは闇を増幅させることしかできなかった。闇は愛でしか包み込むことができないということを、あなたは教えてくれた」

 

 

「……」

 

 

「それに、あなたはわたしを愛してくれた。もう、死んでもいいと思うくらいに、うれしかった……」

 

 

 頬を赤らめて涙を浮かべている春麗に、リュウは狂おしいほどに切なくなった。ストリートファイトの世界は魑魅魍魎の世界。一度足を踏み込めば蟻地獄のごとき罠と駆け引きの異次元世界である。殺意の波動はまさに強烈な欲望の次元界の振動波と、自らの闇の意識が同調した結果だったのだ。

 

 

 そんな異世界に、女の身ひとつで飛び込まなければならなかった春麗の境遇を思うと、とてもかける言葉が見つからなかった。リュウは春麗からシーツをはぎ取った。春麗の豊満な乳房が露わになるとリュウはきつく抱きしめた。

 

 

「もう、ひとりじゃない」

 

 

 リュウは春麗もまた、戦う理由に違いがあれど、生きてきた道が自分と同じだったことに気づいた。今は何もできなくても、心は寄り添っていきたい。そう思った。その真意が伝わったのだろう、春麗はリュウの胸で号泣した。泣くことを禁じてきたこれまでの自分を、春麗もまた解き放ったのだった。

 

 

リュウは自らの内側から炎のごとく燃えあがる何かを感じていた。尾骨から真っ赤な蛇の姿をした二本の炎が螺旋を描いて立ち上り、臍を突き抜け、吸い込まれるように胸の中心まで到達すると、緑色の静かな消えることのない灯火となって鎮まったようだった。

 

 

瞬間に、この女性を守れるのは自分だけだという確信を得ていた。それは決して慢心からくるものではなく、自分を高みに引き上げてくれる存在が、ほかでもない春麗だという確信でもあった。愛を知ってしまった以上、人として最高の存在へと昇華できるのは愛という本質のみであるという絶対的信頼の証でもあった。

 

 

リュウは春麗の両肩を掴んでまっすぐな目で見つめた。

 

 

「やっと、闇から抜け出せた。君のおかげだ」

 

 

「リュウ……」

 

 

 潤んだ目で、眼前にいる、まったく今までと違った雰囲気をたたえた男を見つめた。この男には迷いはみじんも感じられない。いつも何かを求め、迷い、さすらってきた男とは明らかに違う。人を寄せ付けない孤高の求道者ではもはやない。代わりに無条件にすべてをゆだねたくなるような雰囲気が備わっていた。このように変容を遂げた男を目の前にして、長年愛してきた男はさなぎの姿に過ぎなかったのだと気づかされたのだった。

 

 

「愛に勝る力はないっていうけれど、本当だったのね。すごいわ、リュウ! 殺意の波動を克服したんだわ」

 

 

「これからはもっともっと、愛の波動で君を包み込むよ。俺たちは最強になるんだ」

 

 

「俺たち」というリュウの言葉が春麗の脳内にこだました。おそらくリュウは、自分のそばにとどまることはないだろう。世間一般の男女のあり方とは違うことを、春麗は知っていた。

 

 

「信じてる。どんなに遠くにいても、きっと会いに来てくれるって」

 

 

「会いに行くよ。必ず」

 

 

 シャドルーが一つの人生に終止符を打った。そしてまた新たな人生が始まる。これからの自分はきっと、さらに強くなれる。無条件の信頼が、ハートの灯火として初めて宿した夜を、忘れない。自らの人生において、新たな世界へ踏み出せた勇気がふたりを強くするだろう。

 

 

 世界は変化しつづける。人生もまたしかり。万物は流転する。愛へ、と。